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Author:肉屋のオヤジ
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SMクラブのコノテーション
 年に数回ほど、テレビ番組、といっても深夜枠の低予算の協力要請の電話というものがある。今年既に3件来たが、毎回見当違いで迷惑なだけである。どこをどう見たら、女王様をその番組に貸し出せるところだと判断したのだろうか。また常に、世間では、或いはメディアに登場するSMというキーワードからイメージされるのは、何故、女王様なのだろうか。SMという言葉が記号化されていることはわかる。その記号が複数意味するものの中から、この女王様を選ぶ背景とはなんであろうか。或いは何故、そのイメージに固定化したいのだろうか。
 別の言い方をするならば、めくら、盲人、目の不自由な人と3種類の目が見えないことを意味する言葉の中で、今日、何故、めくらは差別的であると意味されるのであろうかということである。かつて、石原都知事がヤル気満々だった頃、第三国人とか支那という表現を公で用いたことへの抗議というものがあった。この時、新聞記者を初めとして多くの者達は、都知事が差別的、侮蔑的言葉を何故、使用するのかと責めるばかりであった。あの時、同じ責めるにしても、数ある言葉の中から、都知事は何故、その1つを使用するのですかと問うべきだったのである。おそらく、饒舌な彼でも、言葉に詰まっただろう。なぜなら、その言葉の持たされた意味=イデオロギーであるからだ。太平洋戦争とはいわず、大東亜戦争を使用するならば、ここには確かに主義・主張が読み取れるのと同じ理屈である。
 SM=女王様と裸の男or鞭打たれるやはり裸の男という意味づけをされたSMという記号は、一体、どのようなイデオロギーによるものなのか。その固定化された、或いはそのように定義づけしたいイメージとは、一体、誰のため、誰の都合なのだろうか。 このような電話での依頼があるたびに、この点について問いただしてきたが、ただの一言も言葉が返ってきたためしはない。それでよくメディア側で勤まるものだと、呆れるより、諦めの方が先にきて、他所をあたれと促し電話を切る。
 きっとその後に別のSMクラブ候補に、同様な電話が来て、取材したいだの、テレビ出演とか、協力SMクラブ何々というクレジット入れますんで・・・・等々ですっかり舞い上がってしまう餓鬼がいるかと思うと、この性風俗業という記号が、意味づけられているコノテーションが、相変わらずの蔑みを含んだものである事が証明されたも同然である。
 エロ事師が女肉を求めて彷徨する餓鬼を悦ばす稼業であるはずが、エロ事師自身が餓鬼そのものになってしまったところに、蔑みの根源があるのである。これはイデオロギーの問題ではなく、単なる身から出た錆、自殺行為そのものなのであろう。

※餓鬼=死語としての大阪弁特有の意味として使用。



テーマ:ことば - ジャンル:学問・文化・芸術

PC買いたいんだけど。
 8年ぶりにサブとしてノート型PCを買い換えようとしている。
色々と調べてみると、随分と安くなっていてケータイの方が高いくらいだ。プロバイダー契約付だと最新機種でも100円というものまで飛び出す始末。なんでも、ひところよりPCも行き渡ったせいか、売れなくなっているらしい。まるでSMクラブみたいな話である。PCってのも最新だから性能がいいとか、使いやすいということはなく、その逆もあるから買い替えは慎重に。明日、色々といじりに行こうっと。
そして、予定外のいらない物を買ってしまうのだろう。

 明日は、大金持ってお買い物と行きたいが、前日に儲からず困ったなぁー。
ここ2ヶ月ばかり、調子良かったんだけど、ダメな週末になりました。少ないお客も全員、ホテル待ち時間なし。嘘みたいな土曜日に。他のフーゾク店が儲かってくれないと、肉屋もダメという例。明日は、値切るだけ値切ってみよう、大阪人になったつもりで。 大阪っ、あぁ、無情。




テーマ:ノートPC - ジャンル:コンピュータ

黙殺法で稼ぐ!?
本当か嘘かは知らぬが、発売前に売り切れ、発売直後にも売り切れという新刊・小説がある。
連日、書店で売り切れ続出で、嬉しい悲鳴という報道に接する。八重洲ブックセンターでは、55秒に一冊売れているという記事まで飛び出す始末。
 ジョージ・オーウェルの『1984』から拝借したタイトル、『1Q84』といえば、あれかとお解りのことと思う。著者の小説表現の常套手段として、黙殺法が用いられているいつもの展開である。何か不思議なこと、何か不可解なこと、何か不気味なこと、何か共感できること、何か感動すること・・・・・等々、something to Vが作品全体に漂っていて、最後までその何かが何なのかは明かされないまま終わるあのやり方である。読者は何かが知りたくて最後のページまで読んでしまうのだが、答えはどこにもない。そして、何か素晴らしい話を知ったつもりになれるという作用が仕掛けられているのが、昨今流行の黙殺法多用文藝である。また悪いことに、その潮流に上手く乗るか、メディアと批評家達を味方につけると、文学賞に輝いてしまうから尚、困ったことになる。そのようなお墨付きをもらうと、どんな平凡なものもくだらないものも、事情を悟れぬ人々の間では、瞬く間に神格化されていくのである。一種の偶像崇拝だから、発売前から予約販売で、売り切れ。またそれを知った人々の中から催眠術にかかったかのごとく己の意思とはかかわりなく、書店へ駆け込み、ここ数年単行本なんか一冊も買ってないくせにそれを平積みの中に見つけ次第、手にとってレジに並ぶのであろう。
 
 同じ頃、タダでダイヤモンド差し上げますと、広告を打てば、およそ宝飾品等には全く関係のない人々や強欲に駆られ亡者たちが、徹夜までしてその宝石店に並ぶという下種なニュースも流されていた。その救いようのない連中の列は、何と2Km以上になり、随所で小競り合いがみられ、もらえなかったものたちが、宝石店に押しかけ悪態ついたという。
 
 ちっと前までなら、新型インフルエンザだと騒ぎ、マスクがないだの、マスク入荷しましただの、買い占めた、生産が追いつかないとか間抜けなことも発生したばかり。
 本当に消毒して滅菌して、根絶しなければならないのは、このような意図的にまかれた餌に、すぐさま飛びつくような人々なのである。
 誰もが同じやり方で、共通の物語について知ることを人は、それについてよく知っていると錯覚するのである。「同じ話題について、同じ言葉で語りたがる」とW・ベンヤミンは大衆とは何かという説明をした。他にも大衆とは何かを解明した偉い先生方はいるし、欲望の三角関係として他者の欲望で人は、動かされるというような論客もいる。
 いずれにしても、村上春樹は、自身の作品の中で、その事件、その登場人物、その結末について、何故、そうなのかという事を解き明かそうとはしない。常に、“何か”で済ませてしまい、核心部分をすっぽり抜き取っているのである。いわゆる黙殺法の悪用である。その結果として、先のように定義づけられた大衆が、いともたやすく乗せられるのである。

 今回の『1Q84』で謎解きは、元左翼活動家にしてカルト教団教祖の超能力だもんなぁ、だめだこりゃ。主人公の女一人なんか、1984年の話なのにぃ、DVに苦しむ女たちのために必殺仕置き人になって、暴力を振るう男たちを闇に葬る事を生業としているという設定。くせぇー。
 こんなインチキなベストセラー、ないわ。『エロ事師たち』の方が断然ええ。ここで紹介したらぁ、よう売れてますがなぁ、ホンマにぃ、中古やけど。

テーマ:SMクラブの一日 - ジャンル:サブカル

笑止な残滓
IMGP2050.jpg
 月末なので、色々と整理していた。 この駄文を綴るサイトは単なる自己満足、自己陶酔、文字通りクソの役にも立たぬ雑記に過ぎない。ところがである、何とまぁーフーゾク店からの訪問者の多いこと。あんまりやらないのだが、解析システムがせっかくあるんだから、それをちょいと細工してみると、アクセス履歴や訪問者というデータ解析が造作もなくできる。誰がいつどこから、どのように、どのくらい閲覧したかという足跡みたいなデータベースと思えばイメージできよう。
 離島でみてる人もいれば、未だにW95というOSで苦労して定期的に訪問している人までいる。一番近いところでは、同じ建物とか隣の建物の同業SM店、というかフーゾク店。しかも長年購読されていてありがたいような、監視されているようで怖いような、変な感じ。同じ街ならいざ知らず、豊島区内のSMクラブも“常連さん”で、変な感じ。何の役にも立たないし、情報として価値あるものもないだろうに。他県に目をやると、福岡県下のSMクラブ2軒ほど、これまた熱心に、駄文を読み漁り、画像をコピーした履歴もあり、何のおつもりか。
 それなら、共通の話題でも1つご披露しましょうかね。
上記の画像は、本日の収穫です。そうです、その通りです、お客たちが女肉たちに手渡した連絡先の走り書きとその紙片です。センスなさすぎ。これじゃいくら待っても連絡来ませんね。肉屋のオヤジの手元にあるということとは別の話ですが。
 店外デート、引き抜きに日々、戦々恐々としているフーゾク店の皆さん、このような場合、どのように対処してますでしょうか。もう長いことやってるとわかりますね、女も客も裏切るんだということを。もうこうなったら、何も期待せずに、せっせと守銭奴の道を歩むほかありません。ちなみに、オレはこんなセンスのない振る舞いや証拠を残していないから、大丈夫と思ってはいけません。なぜなら、フーゾク店に限らず、様々な業界の事業主、或いは客商売には、各々、仕事上の“紋切り型辞典”なるものがあるからです。なんだぁーこのキチガイ、“紋切り型辞典”なんて訳わかんねぇー事いってと言われましても、それが何かは教えられませんなぁ。
 『物語批判序説』 蓮實 重彦でお勉強してね。無論、フローベルの事も。
 結局、またもフーゾク店各位にとって、役に立たない話ですいませんねぇ。   


テーマ:SMクラブの一日 - ジャンル:サブカル

必読書
えろ
長らく味わえなかったカタルシス。こんな傑作品、なんでぇ、今まで読んでなかったのか。大損したわ。

 この春に、必読書なるもののリストを受け取って以来、こんなに読んでないものばかりなのかと茫然自失した。うなだれて何もせずにボケーとしているわけにもいかず、直ぐこう考えるようにした。今から、こんなに多くの古今東西の名作を読めるんだからと。
 そのリストから、あまりにも縁遠いものは、後回しにして、直ぐにその描かれている世界に入り込めるものから、手をつけることした。殆ど義務感、強迫観念から本を手に取るとろくなことがない。それでも、さすがに名作ともなると、古さも陳腐さも感じさせないからさすがである。
 そのようにして失われて時間を取り戻すが如く古本漁りをしている。その中の何冊目かになるこの『エロ事師たち』は、かれこれ30年位前からその存在は知っていたが、手に取ったことがなかった。取り立てて、書評も気にかけていなかった。しばらく格調高いか、重たい本を読んですっかり疲弊しきった腐れ脳みそを休ませるつもりで、この作品を手にした。こんな名作なのに街の本屋(含ブックオフ)では流通していないので、アマゾンで探しての気合いの入れよう。ようやく手にとって、数行読んだとたん、名作、傑作であること間違いなしと確信。全頁、天敵、関西文化圏、関西弁にもかかわらず、そのディープな世界にどっぷり漬かる。読み終わってしまうのが惜しいと思わせる作品は、ホントに久しくなかった。なんか、目指すべく、道標の1つが見つかったような気にさせるお手本。
 これはいわば、60年代の肉屋の話ですわぁ。言葉の魅力という点でも傑作です。シコシコでなく、ゴシゴシときたかぁ。時折、性的な古語や慣用句にも出くわし、勉強不足を思い知らされます。

 今もってフーゾク店に騙されてしまう、或いは騙されていても気づかない御同輩は、これ読んで、勉強不足を補いませう。今も昔も肉屋稼業の基本は、何ら変わりないです。資金不足の前に、嘆くことがありますでしょ。




テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学